事件によってキャリアが中断したものの、舞台人としての市川亀治郎が残した足跡と技術的な評価は、今なお劇評家や舞台関係者の間で語り継がれています。亀治郎時代の評判を決定づけたのは、伝統の型を忠実に踏まえながらも、客席の隅々まで熱量を届ける卓越した身体表現と台詞術でした。
女方から立役まで自在に行き来する芸域の広さは、澤瀉屋の真骨頂でした。『義経千本桜』の「吉野山」における静御前や「四の切」の忠信、さらには『黒塚』の老女など、伯父譲りの激しいケレン味と緻密な内面描写を高度に両立させていました。自主公演の現場に通い詰めた古参の観客からは、「当時の亀治郎の舞台には、劇場全体の空気を一瞬で塗り替える凄みがあった」「汗を飛び散らせながら古典に命を吹き込む姿は圧倒的だった」という回想が寄せられています。
その実力を歌舞伎ファン以外の一般層へ決定的に知らしめたのが、2007年放送のNHK大河ドラマ『風林火山』でした。映画・テレビの経験がほぼ皆無だったにもかかわらず、戦国屈指の武将である武田晴信(信玄)役に大抜擢。鋭い眼光と歌舞伎仕込みの発声、冷徹さと情熱が交錯する演技は視聴者を驚嘆させ、「怪演」と絶賛されました。同作での成功が足がかりとなり、現代劇や大作映像作品への進出が加速。後の『半沢直樹』における強烈な悪役演技へと結実していくことになります。
さらに四代目猿之助襲名後に手がけたスーパー歌舞伎II『ワンピース』は、動員数数十万人を記録する空前の大ヒットとなりました。ルフィとハンコックの二役を早替わりで演じ、舞台上を縦横無尽にフライングする姿は、旧来の歌舞伎の枠組みを拡張するイノベーションとして国内外から絶賛を浴びました。