一方で、ネット上や参拝者の声の中には「五百羅漢が怖い」「薄気味悪くて直視できない」という感想も少なくありません。神聖なはずの仏像に対して、なぜこのような恐怖反応が引き起こされるのでしょうか。心理学および視覚文化論の視点から分析すると、主に以下の3つの要因が働いています。
- 「不気味の谷現象」の発生:如来像のような抽象化された偶像とは異なり、羅漢像は生々しいシワ、血管、歯、眼球のリアルな質感を持っています。「人間そっくりでありながら、動かず石化している存在」は、人間の脳に死体や病者を連想させ、本能的な防衛反応としての恐怖や嫌悪感を引き起こします。
- 集合視線による心理的圧迫感:数十から数百体の像が一斉に異なる方角、あるいは参拝者自身を見つめている空間は、心理学でいう「被注視感(誰かに見られている感覚)」を極限まで高めます。特に薄暗い本堂や木々の生い茂る山林では、空間全体の緊迫感が増幅されます。
- 剥き出しの「人間の業(ごう)」との対面:怒りを露わにする像や、苦悶の表情を浮かべる像など、羅漢像には人間のあらゆる生の感情が肯定・造形されています。普段私たちが社会生活の中で隠している「剥き出しの自我や醜さ」を鏡のように突きつけられることで、無意識の居心地の悪さを覚えるのです。
このように、「怖い」と感じる感情は決して不敬なものではなく、作者たちが込めた人間のリアルな生命力と迫真性に参拝者の心が強く揺さぶられている証拠でもあります。