1970年、『圭子の夢は夜ひらく』で暗鬱な時代の空気を切り裂いた藤圭子。彼女が体現したのは、高度経済成長期の影に沈む人々の孤独と、土俗的な情念が渦巻く歌謡曲の極致だった。濁りのない鋭利な刃物のような低音と、どこか自棄(やけ)を孕んだ眼差し。当時の大人たちは、少女が放つ救いようのない哀しみに熱狂した。
それから約30年の歳月が流れた1998年、娘の宇多田ヒカルが放った衝撃は、一見するとアメリカ直輸入の洗練されたR&Bグルーヴだった。しかし、その甘美なメロディの奥底には、母親から受け継いだ「決定的な哀愁」が潜んでいた。J-POPの新時代を切り拓いたとされる彼女の歌声には、昭和の酒場に響き渡った母の情念が、現代的なコード進行へとトランスレートされて息づいていたのだ。