アニメーション映画の『風の谷のナウシカ』は、全7巻ある原作漫画の序盤(約2巻分まで)をベースに構築されています。一方、新作歌舞伎が挑んだのは「原作全7巻の完全舞台化」でした。巨神兵の覚醒、土鬼(ドルク)諸侯連合とトルメキアの血みどろの戦争、そして世界の成り立ちをめぐる究極の選択まで、映画のその先に広がる深淵な哲学をすべて描き切るという途方もないプロジェクトです。
この企画を実現させるにあたり、企画・立案した尾上菊之助は自らスタジオジブリを訪問。宮崎駿監督へ直談判を行いました。宮崎監督が歌舞伎化を許諾した際に出した条件は「タイトルを絶対に変えないこと」、そして「宮崎自身は記者会見や宣伝の場に一切出ないこと」の2点のみだったと伝えられています。作品の料理法をすべて歌舞伎側に委ねた宮崎監督の度量の広さと信頼が、自由で大胆な創作の原動力となりました。
なぜこの複雑怪奇なファンタジー巨編が、伝統歌舞伎と合致したのか。その理由は、歌舞伎がもともと持っている「善悪の二元論を超えた業(ごう)の深さ」や「神話的スケールを具現化する様式美」にあります。古典の手法である本水を使った滝の立廻りや大宙乗り、さらには黒衣と張子を用いた王蟲(オーム)の精巧な群舞表現が見事に噛み合い、アニメCGでは決して出せない生身のリアリズムとスペクタクルを生み出すことに成功しました。