閉鎖病棟にまつわる最大の都市伝説が、「一度閉鎖病棟に入院したら、二度と社会に戻れなくなる」「病院側の金儲けのために一生出してもらえない」という言説です。昭和の時代に一部の民間精神科病院で問題視された長期入院(社会的入院)の記憶が、インターネット上で歪められて拡散された典型的な誤解です。
結論から言えば、現在の医療保険制度および精神保健福祉法のもとでは、「一生出られない」ということは制度的・経済的にあり得ません。厚生労働省の診療報酬改定により、精神科急性期治療病棟では入院から3カ月(90日)を超えると病院が得られる入院基本料が大幅に減額される仕組みが導入されています。病院経営の観点からも、病状が落ち着いた患者を速やかに退院させるか、開放病棟や地域連携施設へ移行させることが強く動機付けられています。厚生労働省の患者調査データを見ても、急性期病棟における平均在院日数は年々短縮傾向にあり、約70〜80%の患者は3カ月以内に退院を果たしています。
では、具体的な閉鎖病棟の退院条件とは何でしょうか。主に以下の4つの基準がクリアされた段階で退院または開放病棟への転棟が決定されます。
- 病状の安定と急性期症状の鎮静:激しい幻覚・妄想、錯乱状態、または深刻な自傷・希死念慮が消失し、精神状態が平穏を取り戻していること。
- 服薬アドヒアランスの確立:処方された薬を指示通りに自己管理、あるいは家族の支援のもとで確実に内服できる状態であること。
- 基本的な身の回り動作の自立:食事、入浴、排泄、睡眠などの生活習慣が一定のリズムを保てていること。
- 退院後の受け入れ環境の整備:家族のサポート体制や、訪問看護・デイケア、自立支援医療などの地域社会資源との連携計画(退院支援計画)が完成していること。
また、「閉鎖病棟には凶悪犯罪者ばかりがいる」という偏見も完全な誤りです。他人に重大な危害を加えた触法精神障害者の処遇は、「心神喪失者等医療観察法」に基づく全国の限られた指定医療機関で特別な司法手続きを経て行われます。民間の精神科病院や総合病院の閉鎖病棟に入院している患者の9割以上は、日常のストレスやトラウマ、遺伝的素因などによって重度のうつ状態、双極性障害、統合失調症を発症した一般の市民です。