離婚成立時に日本国内で最も激しい議論を呼んだのが、長男の親権を父親である辻仁成氏が持ったことでした。厚生労働省の人口動態統計を見ても、日本国内の離婚における母親の親権獲得率は約85%を超えており、「母親が親権を手放す=育児放棄、身勝手な不倫の代償」という短絡的な偏見がネットや一部週刊誌で渦巻きました。
しかし、この親権問題の裏には、日本特有の「母性神話」では測れないフランス現地の生活環境と子どもの福祉を最優先した冷徹な現実的判断が存在していました。
長男の十音さんは当時10歳。生まれも育ちもパリであり、現地の学校に通い、フランス語を第一言語として友人とコミュニティを形成していました。もし中山さんが親権を引き取り日本へ連れ帰れば、10歳の子どもにとって言語も文化も異なる環境への強制的な適応を強いることになります。当時のフランスの司法慣例や児童心理学的な観点からも、「子どもの生活環境を急変させないこと」が最重要視されます。
辻氏はすでにパリに生活と仕事の強固な基盤を持ち、シングルファザーとして息子を育てる覚悟を表明していました。中山さんは自身の日本復帰に伴う環境の激変から息子を守るため、あえて親権を辻氏に委ねる選択を下したのです。自らに向けられる「母親失格」という猛烈な批判を甘受してでも、子どもの日常と未来を守ることを優先した決断であった事実は、後年の関係者の証言からも裏付けられています。