事件の舞台となった中野区南台の学生寮は、アメフト部員約130人のうち多くの学生が共同生活を送る拠点でした。しかし、指導陣や大学管理部の目が届かない「無法地帯」が生じていたことが、後の調査で浮き彫りになっています。
ことの発端は2026年7月6日、大学側が寮内の定期的な所持品検査を実施した際、北畠元被告の部屋の収納ボックスから、植物片(乾燥大麻)と覚醒剤成分を含む錠剤が発見されたことでした。常識的な危機管理であれば即座に警察へ通報すべき事態でしたが、日大上層部は不可解な対応をとります。
発見された違法薬物は、元東京地検特捜部検事の経歴を持つ澤田康広副学長(当時)の元へと持ち込まれ、大学本部の金庫に保管されました。警視庁へ正式に連絡が入ったのは、発見から実に12日後の7月18日のことでした。この「空白の12日間」において、大学側が自主調査と称して関係部員の聞き取りを優先し、証拠保全を怠ったことが、後の「証拠隠滅・隠蔽工作疑惑」へと発展する火種となりました。