多くのリスナーが抱く最大の疑問が、「なぜこれほどの超名曲がシングルカットされなかったのか」という点です。その答えは、1990年9月1日にリリースされた映画『稲村ジェーン』のオリジナル・サウンドトラックの成り立ちに隠されています。
当時、桑田佳祐は自身初となる長編映画監督作品『稲村ジェーン』の制作という巨大なプレッシャーの中にありました。映画の劇中を彩る音楽を手がけるにあたり、桑田は単なる映画タイアップの枠組みを超えた「ひとつの完結したコンセプチュアルな音楽作品」を目指したのです。その結果、サザンオールスターズ名義ではなく、映画のために結成された特別プロジェクトユニット「稲村オーケストラ」名義でサントラ盤が制作されました。
当時の音楽業界関係者の回想や音楽誌インタビューによると、レコード会社やプロモーション側からは「この曲をA面シングルとして先行発売すれば確実にミリオンセラーを狙える」という強い要望が上がっていたとされます。しかし、桑田佳祐自身は「あくまで映画『稲村ジェーン』という作品の文脈の中で聴いてほしい」「サントラアルバム全体で一つの映画体験を届けたい」という表現者としての強い意志を貫きました。映画の主題歌として先行シングルとなったのは「真夏の果実」であり、「希望の轍」はサントラの2曲目という位置づけで世に送り出されたのです。
名義上もサザンオールスターズではなく「稲村オーケストラ」名義だった楽曲が、のちにサザンのライブ定番曲となり、名実ともにバンドの顔へと昇華していったプロセスそのものが、楽曲が持っていた圧倒的な生命力を証明しています。