1988年の放送開始時、番組の骨組みを構築したのが初代局長の上岡龍太郎氏だった。理知的で辛辣、それでいて狂気すら孕んだ独特の論理的スタンス。依頼者の突拍子もない願い事や阿呆らしい実験に対し、冷徹とも思えるツッコミを入れつつ、番組全体のクオリティを高次元でコントロールした。
上岡氏の存在は、単なる司会者ではなかった。依頼のくだらなさを知性で包み込み、エンターテインメントへと昇華させる最高裁判所のような厳格さを持っていたのだ。彼が引退を機に番組を去った際、多くの関係者が「この番組は終わる」と噂したほど、その存在感は圧倒的だった。