2026年3月31日、惜しまれつつTOKIOを脱退し、約30年間所属した事務所を退所した決断の裏には、表現者としての強い覚悟がありました。
長瀬智也はグループ内でも作詞・作曲・編曲を手掛けるメインコンポーザーであり、音へのこだわりはプロミュージシャンからも高く評価されていました。しかし、2018年に元メンバーの山口達也が脱退したことで、バンドとしてのTOKIOの音楽活動は事実上休止状態に陥ります。「バンドとして音を出せない」という状況は、音楽を生きがいとしていた長瀬にとって極めて大きな葛藤となりました。
退所時の公式コメントで「他事務所に所属することなく、裏方としてゼロから新しい仕事の形を作り上げていく」と語った通り、大手事務所の後ろ盾を捨てて完全に独立。現在は特定の芸能プロダクションに縛られることなく、カルチャーブランド「CHALLENGER」との親交や、自らのバンド、バイク、スケートボードといったストリートカルチャーを直結させた、完全なフリーランスのクリエイターとして独自の立ち位置を確立しています。