読者の間で熱心に議論されているのが、「李牧は処刑ではなく、戦場で信に討たれるのではないか?」という仮説です。
李牧はかつて馬陽の戦いで王騎を討ち、信にとっては師の仇とも呼べる存在です。作中でも幾度となく矛を交え、舌戦を繰り広げてきました。しかし、原作者の原泰久氏はこれまで成蟜の変や呂不韋の失脚など、史実の結末を尊重しつつ独自の解釈を付与する手法を一貫して採用しています。
したがって、「信が戦場で李牧の首を刎ねて武功を挙げる」という展開になる可能性は極めて低いと考えられます。むしろ、秦軍と趙軍が死力を尽くす防衛戦の最中、郭開の手引きによって背後から拘束される李牧に対し、敵である信がその無念に立ち会う、あるいは刑場から救出を試みるも李牧自身が趙国の行く末を受け入れて散る――といった、胸を締め付けるドラマティックな演出が有力視されています。
また、李牧を誰よりも崇拝し、人生を捧げてきた副官・カイネの結末も極めて重要です。宜安・番吾の激戦を経て深まった二人の絆ですが、李牧は常に「カイネには生きて幸せになってほしい」という願いを抱いています。李牧の死後、嘉皇太子とともに北方の「代(だい)」へと落ち延びる残党の中にカイネの姿が描かれるのか、それとも李牧の最期を看取って刃を収めるのか、ファンの涙を誘う展開は避けられません。