桑名運輸の御曹司として生まれ、そのまま会社を継げば一生安泰の富が約束されていた。にもかかわらず、彼は自ら茨の道である音楽業界を選んだ。自ら音楽プロダクションを設立し、アーティストとしての独立独歩を貫いた姿勢には、親の七光りに頼らない一人の男としての意地が見える。
「金はあるが、俺は俺の歌で生きていく」。そう言わんばかりの生き様。実家の財力に甘んじることなく、過酷なライブハウス回りから泥臭くキャリアを築き上げた。豪快なボンボン伝説の裏にあったのは、ロックンロールに対する誰よりも純粋で熱い情熱だった。