イヤミという強烈なキャラクターはいかにして産声をあげたのでしょうか。漫画史研究や赤塚不二夫の手記によると、赤塚不二夫 イヤミ モデルとして最も直接的な影響を与えたのは、昭和20〜30年代に一世を風靡した伝説の芸人・司会者のトニー谷です。
そろばんを楽器のようにかき鳴らし、「レディース・アンド・ジェントルメン、お立ち会い!」「〜ざんす」とまくし立てるトニー谷のキザでシニカルな芸風は、当時の日本人に強烈なインパクトを与えていました。赤塚はさらに、喜劇俳優のエノケン(榎本健一)や有島一郎の軽妙な身のこなし、さらには赤塚の身近にいた気取り屋の知人たちの要素を巧みにブレンドし、稀代のキャラクターを創り上げました。
イヤミが常用するイヤミ ざんす 口癖や過剰な西洋かぶれの態度は、単なる言葉遊びにとどまりません。当時の日本社会は高度経済成長期の入り口に立ち、欧米文化への強烈な憧れと劣等感が入り混じっていました。中身が伴わないまま外見やカタカナ言葉だけで着飾るイヤミの滑稽さは、急速な近代化に浮かれる当時の日本人に対する鋭利な文明批評・社会風刺としての機能も果たしていたのです。