「カビを吸い込み続けると認知症になる」という言説は、決して根拠のない脅しではありません。近年の分子生物学および神経毒性学の進展により、空気中に浮遊するカビ胞子だけでなく、カビが二次代謝産物として放出する微小な化学毒素「マイコトキシン(Mycotoxin)」が、ヒトの脳機能に重大な障害を与えるプロセスが解明されてきました。
通常、私たちの脳は「血液脳関門(BBB)」という厳重なフィルターによって有害物質の侵入から守られています。しかし、脂溶性で極めて粒子が小さいマイコトキシンは、肺の毛細血管から血流に乗るだけでなく、鼻腔の嗅神経を通じて直接脳へ到達し、この関門を容易にすり抜けてしまいます。脳内に侵入した毒素はミクログリア(脳の免疫細胞)を異常活性化させ、慢性的な神経炎症を引き起こします。この炎症反応が長期間続くことでシナプス結合が破壊され、記憶障害や見当識障害といった認知症特有の症状へと直結していくのです。
さらに、カビが放出する「微生物揮発性有機化合物(mVOC)」も頭痛や集中力低下を招く要因となります。これまで「単なる加齢による物忘れ」や「遺伝的要因による認知症」と片付けられていた症例の中に、住環境由来のカビ毒による中枢神経障害が相当数潜んでいることが浮き彫りになっています。