政党としての議席数は衆参合わせて30〜40議席前後の中小規模にとどまっていた民社党が、政界で無視できない発言力を維持し続けた背景には、強固な支持母体の存在がありました。それが官公労中心の「総評」に対抗して結成された、民間大手製造業・インフラ労組主体の「全日本労働総同盟(同盟)」です。
自動車、鉄鋼、電機、電力、造船、繊維などの民間企業で働く労働者たちは、企業の成長と雇用の安定が直結していることを肌身で理解していました。そのため、ストライキを乱発する総評系の階級闘争路線を嫌い、労使協調による生産性向上と成果の公平な分配を訴える民社党を強力にバックアップしたのです。
さらに、この運動を思想的・人的に支えた中核機関が、静岡県御殿場市に拠点を置く公益財団法人「富士社会教育センター」でした。ここでは同盟系労組の若手幹部や地方議員候補が集中的な研修を受け、民主社会主義の理論と組織マネジメントを叩き込まれました。このセンターを通じて強固な連帯感を持つ活動家が次々と政界や労組中枢へ送り込まれ、揺るぎない組織票と政治ネットワークが構築されたのです。