「村野工業」と聞いて、高校野球ファンが即座に思い起こすのが、兵庫の高校野球史を彩ってきた名門野球部の雄姿です。兵庫県は報徳学園、神戸国際大付、育英、東洋大姫路など全国屈指の強豪がひしめく激戦区ですが、その中で村野工業野球部は幾度も頂点に立ち、甲子園の土を踏んできました。
過去の甲子園成績を振り返ると、選抜高等学校野球大会(春)に2回(1968年、1974年)、全国高等学校野球選手権大会(夏)に2回(1968年、1991年)の計4回出場を果たしています。特に1968年の春夏連続出場や、1991年夏の選手権出場時の粘り強い全員野球は、オールドファンの胸に深く刻まれています。
校名が「彩星工科」に改称された現在も、ユニフォームの胸文字を刷新し、古豪復活に向けたチーム改革が進められています。専用グラウンドでの効率的なトレーニングや、データ解析を取り入れた現代的な戦術指導が導入され、近年の兵庫県大会でもシード校を脅かす存在として存在感を発揮しています。OB会との絆も強固であり、「名前が変わっても、泥臭く白球を追う村工スピリットは不滅だ」と語る元球児たちの熱狂的な後押しが、新たな歴史を作る現役世代の原動力となっています。