日本にラグビーが伝来し、各大学へと波及していった大正時代。立教大学ラグビー部は1923年に産声を上げた。当時の日本のラグビーシーンは、慶應義塾、早稲田、明治を中心とした関東の勢力が基盤を築き始めていた時期にあたる。立教大学はキリスト教精神に基づく「St. Paul's」の理念をバックボーンに持ち、スポーツを通じた人間形成とフェアプレーの精神を厳格に追求してきた。
紫紺のジャージ。それは立教ラガーマンにとって単なるユニフォームではない。歴史の重みと、先輩たちが築き上げた誇りそのものである。戦前・戦後の混乱期を乗り越え、同部は常に日本ラグビーの歩みとともにあった。しかし、その道のりは決して平坦な勝利の連続ではなかった。強豪校との熾烈なスカウト合戦、練習環境の制約、リーグ戦での昇降格という厳しい現実に何度も直面してきたのだ。