事故現場となったイタリアのボローニャ検察は、重大な過失があったとしてウィリアムズのチーム首脳陣を過失致死罪で起訴しました。被告にはチーム代表のフランク・ウィリアムズ、テクニカルディレクターのパトリック・ヘッド、そしてマシンの設計を担当したチーフデザイナーのエイドリアン・ニューウェイが含まれていました。
裁判は設計や溶接作業の妥当性を巡って長期化し、1997年の第一審では全員に無罪判決が下されました。その後、検察側の控訴によって審理が重ねられ、2007年のイタリア最高裁判所による最終判決では、ステアリングシャフトの不適切な設計変更と溶接不良が事故を引き起こした主要因であると認定されました。
しかし、事故発生からすでに10年以上が経過していたため、イタリアの刑法に基づく公訴時効(時効成立)が適用され、パトリック・ヘッドを含め関係者が実刑や有罪判決を受けることはありませんでした。エイドリアン・ニューウェイは自身の自伝において、シャフト破断の可能性を認めつつも、空力的な失速(エアロダイナミクス設計のミス)が根本的なコントロール喪失の引き金になったのではないかという自責の念を今なお語り続けています。