2015年8月、日本中に衝撃を与えた山口組の分裂劇。その最大の引き金となったのが、司忍組長と高山清司若頭による「弘道会支配(名古屋支配)」に対する、関西系旧山健組勢力などの猛烈な反発でした。
関西名門組織のプライドと、弘道会への権力・資金集中に対する不満が限界に達し、井上邦雄組長を中心とする勢力が「神戸山口組」を結成。血で血を洗う対立抗争へと突入しました。全国各地で銃撃や車両突入事件が多発し、双方は警察当局から「特定抗争指定暴力団」に指定され、警戒区域内での組事務所使用や5人以上での集合が厳しく禁止されました。
しかし、抗争の推移とともに浮き彫りとなったのは、弘道会が誇る「武力と資金力」の圧倒的な差でした。弘道会側の有力傘下組織による徹底した切り崩し工作や引き抜き、さらには拠点への直接打撃により、神戸山口組側は脱退・引退者が相次ぎ急速に瓦解していきました。
2026年現在、神戸山口組は実質的な活動能力を喪失し、残存勢力もごくわずかに縮小。事実上、六代目山口組・弘道会の完全勝利という形で趨勢が決着したとみられています。しかし、この抗争長期化によって生じた警察当局の締め付けは、皮肉にも弘道会自身の首をも絞める結果を生み出しています。