ビールが時間とともに劣化していくプロセスは、醸造学の観点から完全に解明されている。最大の敵は、充填時にわずかに残存した溶存酸素と、光、そして熱だ。
時間の経過に伴い、麦芽由来の脂質成分が酸化分解されると、「トランス-2-ノネナール」と呼ばれるアルデヒド化合物が生成される。これこそが、古びたビールから立ち上る特有の「段ボール臭」「古紙臭」の元凶、いわゆる老化臭(Staling flavor)である。醸造学の官能プロファイルにおいて、この物質の検知閾値は極めて低く、わずか数十ppt(1兆分の1)レベルの濃度でも人間の鼻は違和感を察知する。
さらに、ホップに含まれるイソα酸が分解されることで、爽快だった苦味は後を引く重苦しい渋味へと変質する。タンパク質とポリフェノールの重合はビールの澄んだ黄金色を濁らせ、泡立ちを支える親水性・疎水性の絶妙なバランスを崩してグラス上の泡持ちを急速に失わせる。
期限から半年が経過したビールは、喉越しこそ残るもののホップの抜け感は失われ、麦汁本来の甘だるさが前面に出てくる。1年を過ぎれば、熟成という美名では到底覆い隠せない、明確な酸化ニュアンスが舌に残る。毒素は発生しないが、醸造家が意図した設計図は完全に崩壊しているのだ。