彼の原点を遡ると、ひとつの風光明媚な学校に辿り着く。岐阜市立藍川北中学校。金華山を遠くに望み、清流・長良川の風が吹き抜けるこの地で、彼は思春期の情熱のすべてを陸上競技に注ぎ込んだ。所属したのはもちろん陸上部。専門種目は中距離の800メートル走だ。
800メートルという種目は「トラックの格闘技」と呼ばれる。呼吸すら忘れるほどの酸素欠乏と、乳酸が全身を蝕む激痛。その極限状態のなかで、彼は岐阜県中学校陸上競技大会の頂点に立った。叩き出したタイムは2分1秒台。中学男子の800メートルとしては異次元の速さであり、県大会優勝という栄誉は今なお地元の記録簿と人々の記憶に深く刻まれている。当時、彼が風を切ってグラウンドを駆け抜ける姿は、誰もが言葉を失うほど美しく、そして切実だった。