天皇賞制覇の後も、一部からは「ルドルフの体調不良による偶発的な勝利」との冷や烈な視線が向けられた。しかし翌1986年、その評価を自らの走りで完全に覆す。春の安田記念に出走すると、短距離路線の強豪たちを一蹴し、圧巻のレコード勝ちを収めたのだ。
さらに同年の有馬記念でもダイナガリバーの2着に食い込み、マイルから中長距離に及ぶ幅広い適性とトップクラスの実力を証明してみせた。瞬発力と持続力を高次元で兼ね備えたその走りは、フロックという言葉を完全に封じ込め、真のG1マイラー・中距離馬としての地位を決定づけた。