努力が結実したのは1991年秋のことだった。名だたる強豪が集う「全日空オープンゴルフトーナメント」でツアー初優勝を飾り、一躍トップランカーの仲間入りを果たす。美しいフォロースルーと勝負どころでの鋭いパッティングは、ギャラリーを熱狂させた。
日本ゴルフツアー機構が統括するレギュラーツアーの舞台で、彼は次世代のスター候補として確固たる地位を築く。洗練された身のこなしと華やかなオーラは、当時のプロスポーツ業界全体を見渡しても異彩を放っていた。トーナメント会場には黄色い歓声が飛び交い、ゴルフ雑誌のみならず一般週刊誌のグラビアを飾ることも珍しくなかった。実力とスター性を兼ね備えたプロゴルファーとして、彼の前途は洋々に見えた。