1942年、南太平洋進出の足がかりとして占領されたラバウルは、大日本帝国海軍の手によって鉄壁の防衛拠点へと変貌を遂げた。天然の良港を抱えるこの港湾都市は、オーストラリアや連合国軍の補給線を断ち切るための最前線網として位置づけられたのである。
この地を拠点としたラバウル航空隊は、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を駆り、南太平洋の大空で過酷な空戦を繰り広げた。連日連夜に及ぶ連合国軍の激しい空爆に対し、兵士たちは手作業で山腹を掘り進め、病院、発電所、滑走路の整備施設に至るまで地下に建設した。地上を焦土に変えた爆撃を耐え抜き、終戦まで地下要塞として機能し続けた事実は、当時の軍事工学の観点からも極めて異例とされる。