平均寿命が40歳前後とされた江戸時代において、将軍たちの寿命と健康状態は幕府の政局を左右する最重要事項でした。歴代将軍の寿命と死因には、当時の食文化や医学水準が色濃く反映されています。
自作薬草マニアだった初代・家康の長寿哲学:
家康は73歳まで生きた当時屈指の長寿者でした。徹底した健康オタクとして知られ、暴飲暴食を避け、麦飯と魚を中心とした質素な食事を好みました。さらに薬学書を読破して自ら生薬を調合する「薬草マニア」でもありました。長年「鯛の天ぷらによる食中毒死」と信じられてきましたが、現代の病理学的見解では「胃がん」が直接の死因であったとされています。
大奥の贅沢が招いた現代病「脚気(江戸患い)」:
江戸時代中期以降、精白された白米を主食とする食文化が江戸市中や大奥で定着しました。この白米中心の食生活がビタミンB1欠乏症である「脚気(かっけ)」を蔓延させました。当時は原因不明の風土病として「江戸患い」と呼ばれ、13代・家定や14代・家茂は20代〜30代の若さで脚気衝心(重度の心不全)により命を落としたと記録されています。
歴代最長寿は最後の将軍・徳川慶喜:
15人の将軍の中で最も長生きしたのは、最後の将軍である15代・徳川慶喜(享年76)でした。大政奉還後は静岡で隠居生活を送り、狩猟、写真撮影、油絵、サイクリングなど多彩な趣味に没頭。政治の重圧から解放され、適度な運動とストレスのない生活を送ったことが長寿につながったと考えられています。