かすうどんの歴史を紐解く上で欠かせないのが、大阪府南東部に位置する南河内地方(羽曳野市、松原市、藤井寺市など)の地域史です。このエリアは古くから食肉処理や皮革産業が盛んであり、新鮮な牛の内臓肉を手に入れる環境が整っていました。
冷蔵技術が未発達だった時代、日持ちのしない牛ホルモンを無駄なく保存し、美味しく食べ切るための知恵として編み出されたのが「油かす」の製法でした。大阪の食文化の根底にある「始末の心(食材を余すところなく使い切る精神)」が生み出した、まさに地域密着型のローカルフードです。長らくは南河内エリアの家庭料理やお好み焼き・焼きそばの隠し味、あるいは一部の居酒屋やうどん店で愛されるローカルな味にとどまっていました。
この地域限定の味覚を一躍メジャーカルチャーへと押し上げた最大の立役者が、藤井寺市で産声を上げた「加寿屋(KASUYA)」です。同店は1990年代後半から油かすを使ったうどんを「かすうどん」と明確にブランディングし、関西一円、さらには全国へとフランチャイズ展開を加速させました。その後、メディア露出や関西出身の著名人・お笑い芸人らによる口コミ発信も相まって、現在ではたこ焼きやお好み焼きと並び称される「大阪を代表するご当地麺」としての地位を確立しています。