現在でこそ名バイプレイヤーとして名高い駿河太郎ですが、そのキャリアのスタートは役者ではありませんでした。高校卒業後、音楽の道を志してイギリス・ロンドンへ2年間留学。帰国後の2003年、ソロアーティスト「taro」としてメジャーデビューを果たします。
その後、ロックバンド「sleepydaddy(スリーピーダディ)」を結成してボーカル&ギターを担当するなど本格的なバンド活動を展開したものの、音楽業界の荒波の中で思うような商業的成功を収めることはできませんでした。鳴かず飛ばずの日々が続く中、30歳という人生の節目を前にして決断したのが「俳優への転向」でした。
俳優への転身にあたり、駿河太郎は自らに厳しい掟を課しました。それは「親の名前を一切使わない」という徹底した二世隠しです。大物タレントの息子であることを明かせば、コネクションを使って安易な仕事にありつけたかもしれません。しかし彼は、無名の新人として履歴書を送り、何十回ものオーディションに落ち続ける道を選びました。
「父親の七光りと言われるのが嫌だった」というプライド以上に、表現者として自分自身の足で立ちたいという強い執念が、彼を泥臭い下積みの現場へと駆り立てていたのです。