読者や視聴者の間で今なお議論が絶えないのが、各メディアにおける最終回の結末の相違点です。原作者の林真理子氏が描いた現実のほろ苦さと、テレビドラマが選択したカタルシスには決定的な思想の違いが存在します。
林真理子の原作が描いた「どこまでも続く日常と不機嫌」の真実
原作小説における結末は、きわめてシニカルでリアリスティックです。夫・航一との冷え切った婚姻関係を清算し、情熱の赴くままに通彦と再婚した麻也子。しかし、待っていたのは夢のような幸福ではなく、通彦の生活力のなさ、だらしなさ、そして新居での細かな生活習慣の不一致という「新たな現実の幻滅」でした。
かつてあれほど情熱を燃やした通彦に対しても苛立ちを覚えるようになった麻也子は、昔の不倫相手である野村からの連絡に再び心を揺らします。「男を変えても、環境を変えても、結局自分自身の内面が変わらなければ永遠に不機嫌なままなのだ」という人間の業を冷徹に突きつけて物語は幕を閉じます。
ドラマ版が演出した劇的な愛憎サスペンスと無限ループ
一方、1997年TBSドラマ版の最終回では、通彦(本木雅弘)との生活を選んだ主人公が、貧しいアパート暮らしの中で日常の瑣末なトラブルに疲弊していく姿が描かれました。ラストシーンでは、身支度を整えた主人公が公衆電話から野村(別所哲也)の甘い誘いに応じ、妖しい微笑みを浮かべてタクシーに乗り込むという、「不倫の無限連鎖」を強調した幕切れとなりました。
2016年テレビ朝日版ではさらにドラマ性が加速。通彦(市原隼人)との再婚生活が破綻するだけでなく、周囲の友人たちの複雑な裏切りや策謀が暴かれ、最終的には通彦とも別離。主人公・麻也子(栗山千明)がひとりの女性として歩き出すかのように見せつつも、再び男たちの視線を浴びて自らの存在意義を確かめるという、底知れぬ女性の欲望を象徴するエンディングで締めくくられました。