「ヒカキン=聖人」という言説が定着する一方で、この過度な神格化には看過できない歪みや誤解も生じています。メディアや視聴者が作り上げた完璧な虚像は、本人にとっても社会にとっても諸刃の剣となり得ます。
最大の盲点は、彼が「神」ではなく、泥臭い努力とプレッシャーに耐え続ける「一人の生身のビジネスマン」であるという事実が覆い隠されてしまう点です。自社ブランドの開発(カップ麺「みそきん」など)で品薄が起きた際、一部の過激なファンや転売ヤーから理不尽な批判が寄せられた事例が示すように、世間は一度「聖人」と規定した対象に対して、わずかなミスや思い通りにいかない事態すら許容しない過剰な潔癖さを求めがちです。
また、ヒカキンの持つ「私生活を極限まで削ぎ落とす禁欲的な生き方」を、すべてのクリエイターや社会人が模範とすべき基準として押し付ける風潮にも注意が必要です。彼のスタイルは、超人的な精神力と下積み時代の飢餓感に支えられた特異なモデルであり、誰もが真似できるワークライフバランスではありません。「聖人」という記号消費の裏には、常人であれば精神を病みかねない孤独なストイシズムが存在している事実を認識しておく必要があります。