インターネットの検索コミュニティやSNS上では、時に「鎌倉御殿」がオカルト的な廃墟や心霊スポットとして語られるケースが見受けられます。しかし、鎌倉御殿の噂の真相を調査すると、明らかな情報のねじれが存在することが浮き彫りになります。
混同の原因は主に2つあります。第1に、江戸時代初期に徳川家康が東金へ鷹狩りに向かうために造成させた「東金御成街道」沿いの休憩施設(中野御殿や野呂御殿など)と、中世の鎌倉期伝承が同一視されたこと。第2に、昭和期以降に山林内に残された近代の廃屋や旧家の屋敷跡が、地元の通称地名と結びつけられて面白おかしくネット上に拡散されたことです。
行政の文化財保護部局や千葉市教育委員会の鎌倉御殿に関する調査記録を照合しても、不気味な事件や怪異の記録は一切存在しません。根拠のない風評被害によって、地域の貴重な歴史的景観が歪められて伝えられているのが実態です。