大泉潤氏は1973年3月20日生まれの50代前半であり、1973年4月3日生まれの大泉洋氏とは学年でちょうど1学年違いの年子にあたります。二人の生家は北海道江別市にあり、父親は元盲学校校長、母親は中学校の英語教師という、教育熱心かつ知性豊かな家庭環境で育ちました。
北海道内屈指の進学校として名高い北海道札幌北高等学校を卒業後、最難関である東京大学法学部へ進学。東大在学中から国家公務員上級職や大手民間企業への就職が確実視されていたものの、大学卒業後の1995年に選んだ就職先は、当時としては異例ともいえる北海道函館市役所の一般行政職でした。
市役所入庁後の潤氏は、秘書課長や観光部長といった要職を歴任しました。特に新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった局面では、保健福祉部長として感染対策と市民生活の維持に奔走。市庁舎内では早くから「頭脳明晰で物腰が柔らかく、現場の職員や住民の声に耳を傾ける切れ者」として高い人望を集めていました。