当時の日本映画産業は、大手スタジオの再編と独立系プロダクションの台頭が激しく交錯する転換期を迎えていた。歴史ある独立プロとして過激なインディペンデント精神を維持していた大蔵映画での活躍を足がかりに、彼女は名門にっかつの作品群へも活動の幅を広げていく。
商業主義の波が押し寄せる大手スタジオの現場にあっても、彼女のスタイルは微塵も揺るがなかった。予算の多寡やレーベルの規模に左右されることなく、一貫して尖鋭的な作家たちのミューズであり続けた。過酷なスケジュールと低予算という制約を逆手に取り、濃密な作家性を刻み込む現場主義こそが、彼女のカリスマ性をより強固なものへと育て上げたのだ。