詩人・宮沢賢治の死因について詳しくお伝えしました。
今回の宮沢賢治の死に関する詳細をまとめると下記のようになります。
- 1933年に急性肺炎が死因となり、亡くなった
- 突然高熱を出し倒れてしまい、医者からの診断は両側肺湿潤で、当時は結核の初期症状といわれていた
- 療養し、体調が回復したころは東北砕石工場の技師として働いていたが、再び高熱を出し倒れてしまった
- 地元のお祭りを見物した翌日、呼吸が苦しくなり急性肺炎の兆しと診断される
- 診断された後も、農民の相談に丁寧に乗っていた
- これまで父親と宗教観の違いで対立していたが、宮沢賢治の信仰心の厚さに父親は感激した
- 2個下の妹のトシは、結核を患い24歳という若さで亡くなった
急性肺炎で苦しくて仕方がないはずなのに、最期まで農民の相談にのったり、宗教に信仰したりととても驚き、宮沢賢治の人柄がとても素晴らしい人だったことが分かります。
私たちはこれからもそんな宮沢賢治の素晴らしい詩を広め、多くの人に伝えていきたいですね。