トラウマを巡る言説の中には、科学的根拠を欠いた根強い誤解や偏見が依然として跋扈しています。その最たるものが「時間が解決してくれる」「辛いのは気の持ちようで、甘えに過ぎない」という精神論です。
神経生物学の知見は、これらを完全に否定しています。重篤なトラウマを負った脳では、恐怖中枢である扁桃体が過活動を起こす一方で、記憶の整理を司る海馬の体積が縮小し、理性的な判断を行う前頭前野の機能が著しく抑制されることが脳画像研究で実証されています。つまり、トラウマは「心の持ちよう」などではなく、物理的な脳機能および自律神経系の器質的・機能的変化を伴う病態です。
したがって、何の医学的・心理学的介入もなしに「時間薬」だけに頼ることは、骨折を放置して自然治癒を待つような無謀さに等しいといえます。適切なアプローチを欠いたまま年月が経過すると、孤立や二次的なうつ病、アルコール依存、心身症へと深刻化するリスクが高まります。根性論で克服を迫る周囲の態度は、当事者をさらに追いつめる二次被害(セカンド・トラウマ)になりかねません。