福岡の裏社会を語る上で欠かせないのが、北九州市に本部を置く工藤会との関係です。地理的に隣接する北九州と筑豊は、利害関係が衝突しやすい危険な隣接エリアであり、過去には小競り合いや緊張状態が生じる場面も少なくありませんでした。
しかし、山口組など本州からの巨大勢力に対する防波堤として、九州の独立組織同士が一定の協調関係を結ぶ「親戚付き合い」や親睦団体を通じたパイプも機能してきました。過激な武闘路線で知られた工藤会が市民を巻き込む重大事件を相次いで引き起こし、国家的な壊滅作戦の標的となった際も、太州会は慎重に距離を保ち、直接的な連座を避ける外交手腕を見せました。
過去には田川市内外で銃撃事件や対立抗争に絡む事件が発生し、市民社会を震撼させた事実があります。しかし、近年の太州会関連事件を検証すると、派手な縄張り争いよりも、困窮した末端組員による資金獲得犯罪や、暴排法逃れの偽装行為による摘発が主流となっており、かつての「武闘派」のイメージとは乖離した現実が浮き彫りになっています。