「特攻は外道である」。そう語りながらも作戦を推し進め、終戦直後に自決を遂げた大西瀧治郎中将の決断は、今なお海外の軍事アナリストの間で激しい論争の的となっている。大日本帝国海軍が追いつめられた戦況の中で採用したこの極限戦術は、西洋の軍事倫理観から見れば長らく異端とみなされてきた。
しかし最新の研究では、大西が目指したのは単なる大量虐殺戦術ではなく、圧倒的物量を誇る連合国軍に対して痛撃を与え、少しでも有利な和平条件を引き出すための政治的賭けであったという側面が注視されている。組織の破滅を前にして軍指導部が抱えた苦渋と、その結果として生み出された悲惨な軍事システムの構築過程は、組織心理学の観点からもグローバルな研究対象となっている。