『タテ社会の人間関係』は、日本社会の構造を見事にモデル化した名著として絶賛された一方で、後年の社会学者や文化人類学者からは数多くの批判も寄せられました。この議論の広がりを理解することは、本書を複眼的に読み解く上で欠かせません。
最大の論点は、中根氏が掲げた「単一社会の理論」に対する異議申し立てです。本書は、官僚機構から民間企業、伝統芸能の家元制度、果ては裏社会の組織に至るまで、日本のあらゆる集団が同質のタテ構造を持っていると主張しました。これに対し、社会学者の杉本良夫氏やロス・モウア氏らは、「日本社会の階層差、地域差、ジェンダー格差、マイノリティの存在を無視し、大企業やエリート男性官僚の組織モデルを日本全体の均質な文化として一般化しすぎている」と厳しく指摘しました。
また、日本人が集団主義的でタテ関係に従属するのは「日本固有の文化的DNA」ではなく、終身雇用や年功序列、企業別労働組合といった戦後の経済制度・インセンティブ設計がもたらした合理的行動にすぎない、という制度論的批判も根強く存在します。中根理論は「あまりにも静態的で、歴史的変化や個人の主体的な抵抗を捉えきれていない」という側面があることも、客観的な事実として知っておく必要があります。