相葉雅紀のキャリアにおいて、最大の試練となったのが「肺気胸(自然気胸)」による過去の緊急入院です。痩せ型の若い男性に好発する疾患ですが、相葉雅紀を襲ったタイミングはあまりにも残酷でした。
一度目は2002年3月、嵐の全国ツアーを控えた大事な時期でした。激しい胸の痛みに襲われ、緊急手術と入院を余儀なくされます。当時のインタビューやドキュメンタリー番組で相葉雅紀は、病室のベッドの上で「このままグループの足を引っ張るなら、嵐を辞めなければいけないのではないか」「自分の居場所がなくなってしまう」と激しい恐怖と孤独に苛まれていたことを告白しています。
さらに2011年6月、グループがトップアイドルとして多忙を極めていた時期に左肺気胸が再発。再び約1週間の入院生活を強いられました。歌や激しいダンスを職業とするアイドルにとって、呼吸器系の疾患は致命的なリスクを孕んでいます。
しかし、この絶望的なピンチを救ったのは、他ならぬ嵐のメンバー(大野智、櫻井翔、二宮和也、松本潤)の揺るぎない結束と温かなメッセージでした。病室で涙を流した経験が、「メンバーのため、ファンのために自分ができる全力を尽くす」という強い覚悟を生み出し、後の「全力投球で嘘のない姿勢」へと昇華されたのです。