カープ15番が伝説と呼ばれる理由|黒田博樹の永久欠番と歴代史

カープ15番が伝説と呼ばれる理由|黒田博樹の永久欠番と歴代史

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カープにおける背番号15の歴史は、黒田博樹投手一人によって作られたものではありません。この番号が「闘志あふれる投手の象徴」となった原点には、1960年代から1970年代にかけてマウンドを守り抜いた安仁屋宗八投手の存在があります。

沖縄出身初のプロ野球選手として入団した安仁屋投手は、切れ味鋭いシュートを武器にエースとして君臨。1975年の球団初優勝にもリリーフエースとして大きく貢献し、広島の街に希望をもたらしました。マウンドで打者に立ち向かう気迫と、決して弱音を吐かないタフネスぶりは、後のカープ投手に受け継がれる土台となったのです。

その後、背番号15は片岡光宏氏や小川達明投手らによって受け継がれ、1996年秋のドラフト会議で逆指名(2位)入団を果たした黒田博樹投手の背中に託されました。入団当初の黒田投手は制球に苦しみ、決して完成されたエリートではありませんでした。しかし、愚直な投げ込みと精神修行を重ね、先発完投型のタフな右腕へと進化。安仁屋氏が築いた「15=泥臭く腕を振り続けるエース」という魂を、黒田投手が極限まで磨き上げ、世界レベルの芸術へと昇華させたのです。

中川 明日香
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中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。