インターネット上の掲示板や知恵袋、オカルトコミュニティでは、「素人が九字切りをやってはいけない」「九字を切ると霊障が悪化する」という警告が頻繁に見受けられます。なぜ、護身のための秘術がこれほどまでに「危険」と語り継がれているのでしょうか。そこには宗教民俗学的な背景と、心理学・精神科学的な理由の双方が存在します。
第一の理由は、「結界の放置と中途半端な意識」に対する伝統的な戒めです。密教や修験道における作法では、空間を切って結界を張った後は、必ずそれを解く「解界(げかい)」や神仏を送り返す儀法がセットになっています。中途半端な知識で空間を切り刻んだまま放置することは、部屋の扉を叩き壊して開け放ち、そのまま立ち去るようなものだと古来の行者たちは考えました。無防備な状態を作り出すことへの警鐘が、「素人は手を出すな」というタブーとして伝承されたのです。
第二の理由は、自己催眠と強烈なプラセボ(ノセボ)効果による精神的錯乱リスクです。恐怖や不安に駆られている人間が、強い緊張状態の中で過呼吸気味に九字を唱え、印を結ぼうとすると、脳内が極度のトランス状態に陥ることがあります。「失敗したら呪われるのではないか」「何か恐ろしいものを呼び寄せてしまったのではないか」という予期不安が自己暗示として働き、幻聴や幻覚、パニック発作を引き起こすケースが報告されています。
現代の臨床心理学の観点からも、心理的に不安定な人物がオカルト儀礼に依存すると、現実検討識(現実と幻想を区別する力)が損なわれる恐れが指摘されています。「やってはいけない」とされる最大の理由は、外的な霊の攻撃ではなく、自らの恐怖心が増幅されて自身の精神を破壊してしまう内的リスクにあると言えます。