バンクーバーオリンピックの開催当時、フジテレビをはじめとする大手民放局やスポーツ紙は、連日のように「浅田ファミリー」を追いかけた。母・匡子(きょうこ)さんがリンクサイドで娘に寄り添う姿が大きく報じられる一方、敏治氏が画面に登場することはほぼなかった。
「娘のスケートに集中させたい」「自分の存在が競技の邪魔になってはならない」。関係者の証言によれば、父親はあえてメディアからの取材を拒み、黒衣に徹する固い決意を固めていたという。自身の過去や仕事に対する偏見が娘の評価を傷つけることを何よりも恐れていたのだ。その徹底した裏方志向こそが、彼なりの深い愛情の表現だった。