物語の転換点は、神童として称えられていた兄・光晴の急死です。完璧な存在だったはずの兄の死は事故として処理されますが、残された遺品や生前の足跡を羽猫が辿るにつれて、衝撃的な真実が次々と明るみに出ます。
光晴は、家族が求める「理想の息子」の型に自分を押し込み続ける日々に限界を迎えていました。祖母の過干渉と母の重すぎる愛情は、光晴にとっては逃げ場のない監禁状態に等しかったのです。周囲が羨む優等生の仮面の裏で、光晴は激しい自己否定と精神的苦痛に喘いでいました。
さらに切ないのは、光晴が抱いていた弟・羽猫への本当の感情でした。家族から疎外され、問題児扱いされていた羽猫のことを、光晴は軽蔑するどころか、「家族の呪縛に染まらず、自分勝手に生きられている存在」として密かに羨望し、同時に心から愛していたという事実です。
光晴の死後、山吹家は精神的支柱を失って急速に瓦解へと向かいます。母は現実を受け入れられず錯乱し、祖母の絶対的な権威ももはや家族を繋ぎ止める力を失いました。崩壊のなかで羽猫は、かつて兄が押し殺していた悲鳴を理解し、同時に自分が兄の身代わりとして家族に搾取されることを毅然と拒絶します。
ラストシーンで羽猫は、家族への復讐や断罪に溺れるのではなく、過去の傷と兄への哀惜を胸に抱えたまま、山吹家という呪縛の館から自らの足で歩み去ることを選びます。「誰かのための嘘」を脱ぎ捨て、自分自身の人生を生き直すことを決意した羽猫の後ろ姿には、静かでありながら圧倒的な希望の光が宿っています。