木山裕策さんの闘病は、2004年の秋、36歳の時に突然始まりました。当時、出版社で企画営業のサラリーマンとして多忙な日々を送っていた木山さんは、ある日、左首に小さな違和感を覚えます。手で触れると、明らかな「しこり」が存在していました。
当初は疲労や風邪によるリンパの腫れ程度に考えていたものの、受診した医療機関での超音波検査や針生検を経て下された診断は、予期せぬ「甲状腺乳頭がん(甲状腺がん)」の告知でした。4人の幼い息子と妻を抱え、一家の大黒柱として家庭を支えていた木山さんにとって、青天の霹靂とも言える衝撃的な出来事でした。
さらに木山さんを苦しめたのが、手術に伴う重大なリスクです。甲状腺の裏側には、声帯の開閉を司る「反回神経(はんかいしんけい)」が通っています。腫瘍の位置によってはこの神経を温存できず、切除せざるを得ない場合があり、主治医からは「命を最優先にするため、手術によって声が出なくなる可能性や、以前のような声質を保てなくなるリスクがある」と告げられたのです。
幼少期から歌うことが何よりも好きで、学生時代から歌手の夢を抱き続けていた木山さんにとって、「声を失うかもしれない」という宣告は、命の危機と並ぶ絶望的な試練でした。