悲劇が発生したのは、2007年1月17日午前8時すぎのことでした。東京都世田谷区中町5丁目の閑静な住宅街。小学校へ向かう児童たちが行き交う通学路の交差点で、小学5年生だった大下えみるさんは、青信号を確認して横断歩道を渡り始めていました。
そこへ交差点を右折してきた2トントラックが進入。ドライバーの前方不注意と安全確認の怠慢により、歩行者用信号を青で渡っていたえみるさんを巻き込み、跳ね飛ばしたのです。自宅からわずか百数十メートルという目と鼻の先で発生した異変を知らせる急報に、風見しんごさんは衣服もそこそこに現場へと駆けつけました。
現場のアスファルトに倒れていた愛娘の姿を目にしたときの痛恨の記憶について、風見さんはのちにテレビの特別報道番組や手記の中で「道路に横たわる娘を抱き起こしたとき、まだ体には温もりが残っていた。神様がいるなら私の命と引き換えてくれと叫び続けた」と、血を吐くような心情を振り返っています。えみるさんは直ちに世田谷区内の国立成育医療研究センターへ緊急搬送され、医師団による必死の蘇生措置が行われましたが、頭部強打および全身強打による多発外傷のため、同日午前9時34分、わずか10年の短い生涯を閉じました。