当時の新垣渚の投球を振り返るとき、語り草となるのは球速だけではない。
打者の手元で鋭く落ちる落差の大きいフォークボール、そして時にホームベース手前で跳ねるほどの荒々しさを秘めたボールの勢いである。制球に苦しむ場面すらもエンターテインメントへと変えてしまう圧倒的な素質は、甲子園の観客を魅了して離さなかった。
「コントロールをまとめること以上に、腕を振り抜く恐怖心を失わないこと」。現在、沖縄尚学で投手コーチを務めるスタッフ陣も、この意識の伝承を何より重んじている。小さくまとまった投手を作るのではなく、打者が恐怖を感じるほどのボールの「強さ」を追求する。その原点こそが、あの1999年の春に打ち立てられた金字塔なのだ。