ネット上の感想や考察では、しばしば「フォスだけがいじめられる胸糞ストーリー」「救いのない鬱マンガ」と短絡的に語られることがあります。しかし、物語構造と原作者の思想的背景を丁寧に読み解くと、全く異なる本質が浮かび上がってきます。
第一の誤解は、「フォスが仲間を裏切った、あるいは仲間から一方的に捨てられた」という点です。宝石たちにはそもそも人間的な道徳観や死生観がなく、極めて刹那的かつ純粋な存在でした。彼らがフォスを拒絶したのは悪意からではなく、「変容しすぎて理解不能な異物になった」ことへの生物的防衛反応に過ぎません。
第二の盲点は、本作が色濃く影響を受けている仏教思想(唯識論・法華経・密教的宇宙観)の視点です。フォスが辿った苦難は、仏教における「四苦八苦(愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦)」のすべてを体験するプロセスでした。人間が持つあらゆる煩悩と執着を背負い、それを1万年かけて昇華したからこそ、フォスは「仏(覚者)」としての祈りを獲得できたのです。
表層的な快不快にとらわれず、執着を手放していく精神の解脱劇として捉えたとき、本作は単なる鬱展開ではなく、深遠な宗教的・哲学的叙事詩としての真価を現します。