天正10年、本能寺の変によって織田信長が急逝すると、織田家の後継者を巡る政治的駆け引きが急速に激化した。その中心となった清洲会議を経て、お市の方は織田家の重臣である柴田勝家と再婚する。この再婚もまた、織田家の血統を守り、台頭する羽柴秀吉に対抗するための政治的選択であった。
しかし、賤ヶ岳の戦いで勝家が秀吉に敗れると、お市の方は北ノ庄城にて勝家とともに自害する道を選んだ。娘たちを秀吉のもとへ逃がし、自らは織田の誇りを胸に最期を迎えたその姿は、兄・信長が貫いた苛烈な生と死の美学と強く響き合っている。