十勝のドンと呼ばれた中川一郎、そして絶大な人気を誇った中川昭一。中川郁子氏が背負っていたのは、単なる一個人の政治生命ではなく、北海道の、ひいては日本の保守本流を支えてきた「中川家」の看板そのものだった。昭一氏の突然の死を受け、地元の強い期待を背負って政界入りした彼女への視線は、最初から厳しかった。
名門の未亡人としての同情票と、それに伴うプレッシャー。その重圧からの一時の逃避だったのか、あるいは単なる気の緩みだったのか。いずれにせよ、あの夜の出来事は、彼女が築き上げようとしていた「強い政治家・中川郁子」のイメージを根底から覆してしまった。