『崖の上のポニョ』の鑑賞後に多くの大人が抱く「得体の知れない居心地の悪さ」の根源は、後半パートにおける町の急激な変容にあります。ポニョが妹たちと共に大津波を引き起こし、宗介たちが暮らす海辺の町を完全に飲み込んでしまうシークエンス以降、作中では現実の物理法則や社会常識から逸脱した事象が連続して描かれます。
まずネット上で最大の根拠として挙げられるのが、デイジー号で避難する町民たちの異様な多幸感です。住居やインフラが海水に沈む壊滅的被害に見舞われているにもかかわらず、住民たちには悲哀や絶望の色が一切なく、まるで祝祭の中にいるかのような穏やかな笑顔で行き交います。さらに、海底には古代デボン紀の絶滅甲冑魚が悠然と泳ぎ、水没した電柱の光が幻想的に輝く風景は、現実の災害現場とはかけ離れた幽冥の領域を想起させます。
決定的な証拠として指摘されるのが、デイケアサービス「ひまわりの家」の車椅子の老人たちです。重度の歩行困難だったトキさんたちが、水没したドーム状の空間で歓喜しながら自分の足で駆け回り、宗介を抱きしめる場面が存在します。さらに水深数十メートルの環境下でありながら、登場人物全員が息苦しさを覚えることなく通常通り呼吸している描写は、「すでに肉体を離れ、霊魂としてあの世へ旅立った証拠ではないか」という強い疑惑を生みました。
加えて、宗介の母・リサの不穏な動向も見逃せません。嵐の夜、宗介に「命の灯を絶やさないで」と言い残してひまわりの家へ向かったリサは、物語終盤、海神の母グランマンマーレと水底で密談を交わしています。この場に宗介が合流した際、リサはどこか寂しげな表情で立ち尽くしており、ファンの間では「リサ死亡説」や「ポニョと宗介を結びつけるための生贄として魂を捧げたのではないか」という深読みが白熱する契機となりました。