痛ましい重大事件が報じられるたび、ソーシャルメディア上では激しい議論が巻き起こります。ネットの反応と世論を精査すると、事件発生直後のSNSや掲示板では、関係者とされる人物の個人情報特定や憶測に基づいたバッシングが猛烈な勢いで拡散する傾向が顕著です。
当時の特番インタビューや事件関係者の手記において、「ネット上に事実無根の噂が飛び交い、遺族や近隣住民が二重の精神的苦痛に晒された」という痛切な告白が残されています。旭川の事案においても、無関係な一般市民や教育関係者がネットリンチの標的となり、警察が名誉毀損や侮辱容疑での立件を警告する事態にまで発展しました。
現場取材で見えてくる地元住民の受け止めは、ネットの過熱ぶりとは対照的に静まり返っています。札幌市内の住宅街で取材に応じた70代の女性は、次のように複雑な胸中を吐露しています。
「ニュースで大きく取り上げられるたびに、まるでこの街全体が危険で冷たい場所であるかのように言われてしまうのが悲しいです。近隣付き合いが薄れ、誰が隣に住んでいるかも分からない不安は確かにありますが、地域ぐるみで見守ろうとする活動も必死に続けられています」
デジタル空間で消費される「過激なコンテンツとしての事件」と、その土地で実際に日々の暮らしを営む住民たちの「生活感と防犯への模索」。この埋めがたいギャップを埋めることこそが、責任あるメディア報道に課せられた使命です。